生ぬるい水が体にまとわりついて離れない。自分の手と足と頭と腹と背中と、すべてがばらばらにあるような、すごく近くにあるような妙な感覚だ。けだるげに目を開けると薄赤い空間にぽつりと一人。
 きつい香水のにおいがして、太ももを撫でるシルクのような肌触り。ボロボロにマニキュアのはがれた白い指がつま先にふれ、ゆっくりと焦らすように足をのぼってくる。足の間から、ブルネットの長い髪が現れた。重い体を起こして声をかけようとするが、声が出ない。ブルネットの女は長い舌をちろりと出して唇をなめてみせる。
 不思議なことにどんなに目を凝らしても女の顔はぼやけたままはっきりとしないのだ。
『ねぇ、わかるでしょ?』
 ノイズがかった女の声が耳元で聞こえる。つりあがった唇は三日月のような笑みを乗せて、そっと伏せられた。ずんと下半身が重くなる。かけぬけていく火花のような快感。
 どこか冷静な頭が、ああ、と納得したようにため息をつく。こいつはこの前映画に出てきた女だ。画面を横切るしなやかな足と柔らかそうな肌がまぶしかったのを思い出して笑った。
 これは夢だ。
 なら好きなだけ楽しんだって構わないだろうと思い勢いよく体を起こす。気がつくと、景色は家のリビングになっていた。色気の欠片もない古い地下鉄の駅舎跡だ。そばにあったテレビにブルネットの女が走り抜けていくシーンが大写しで繰り返される。自分はソファの上で馬乗りになっている。
 にやにやと笑いながら見下ろすと、そこにいたのはブルネットの女ではなく、思ってもみない相手だった。
『なあ、わかるだろ・・・ラファエロ』
 息が止まる。
 空気を揺らす柔らかな声。飴色の瞳は優しく細められて驚く自分の顔が映りこんで揺れる。いつも小言ばかりの口が三日月のような笑みをかたどって、そこにある。ソファに散ったマスクの端は染み一つなく青い。殊更ゆっくりと首に回された腕は柔らかな女のものではなかった。熱く質量を持った力強い腕だ。自分と同じ緑色の、兄弟の、リーダーのあいつの。
 唐突に理解し、かっと背筋を駆け抜けた衝撃は、さきほどとは比べものにならなくて、オレはそいつの腕に噛みついた。血が滲むほど歯を立てているのに、彼は安堵したような吐息を漏らすだけ。息つく間もなくその体をむさぼった。快感を覚えたてのガキみたいにどん欲に。のぼせあがりそうな熱の中、オレは劣情と共に彼の名をはき出した。
 
 
 
 
 
「・・・っお・・・っ!」
 突然の覚醒にハンモックが激しく音を立てて揺れた。心臓が激しく脈打っている。額を流れる汗をぬぐいながら、必死で記憶を辿り、時計を確認し、今はまだ明け方で、家族は誰も起きちゃいないと、はやる気持ちを宥めた。緊張で肌が冷たくなっている。
「・・・んだ、よ・・・」
 ほっとして、笑みをこぼしながら二度寝をしようと体を動かして、下半身の違和感に気がつく。まさかとは思ったが、おそるおそる上掛けをのけて抗いようのない事実を目の当たりにする。
「マジかよ・・・ありえねぇ」
 思ったよりも情けない声が出て、ラファエロは頭をかきむしって唸った。そのまま転がるようにしてハンモックを降りると上掛けを引きずって歩き出す。なんにせよ、このまま朝を迎えるわけにいかない。足音を立てないようこそこそと歩く自分の姿を想像して、ラファエロは益々肩を落とした。転がっていたコーラの瓶を苛立ち混じりに蹴り倒す。あたられた瓶は琥珀の液体をばらまいて、ただ静かにまわりつづけた。
 
 
 


愛は世界を救うと誰かが言った。
こんな穴だらけの気持ちが、いったいなにをすくうというのだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


SEEING RED
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「待った、レンチどけて、早く。そうそう、ちょっとブレーキ踏みすぎじゃないの、この前パッド変えたばかりなのに」
「信号が多すぎんだよ」
「前から言っているようにフィルタは一年で交換、オイルは半年。ほら、これ・・・あーあ、真っ黒。もう信じられない。フット団よりも危ないバイクに乗ってんのに、よく平気だね」
「・・・っだからてめぇは引っ込んでろっつってんだろーが!横でガタガタ言われると手元が狂うんだよ!」
 周囲をうろつきながら口を出してくる兄弟に、ラファエロはついに我慢できず革張りのシートを叩いて怒鳴った。その間も我が物顔でエンジンをのぞき込んでいたドナテロは、まるで聞こえていないと言うように、
「ついでに車のライトも換えておいてよ」
「・・・おまえ最悪だな」
「まあね」
 今週ほんとに忙しいんだ、とこめかみを押さえながらため息をつくドナテロの目の下にはうっすらと隈ができていた。紫のマスクから覗く目も覇気がなく頼りない。ラファエロは「分かった」とだけ言って手元の作業に戻った。
 ところが何か言いたいことでもあるのか一向に立ち去る気配はなく、ラファエロがオイルフィルタを取り外している様をただぼんやりと眺めている。
「オトモダチが多いと大変だな」
 手元から目を離さずに言ってやると、ドナテロはゆるやかに息をはき出して笑った。
「おまえほどじゃないよ。僕のトモダチは指一本でだんまりだからね」
 新しいフィルタを探して伸ばした手に、ドナテロが心得たようにそれを落とす。そしてううんと小さく唸りながら言った。
「レオが心配してる」
 ぽつりと落ちた言葉に、そうかよとわざとらしく返事をした。
「ここのところ毎晩だからって、で、僕にお鉢が回ってきたわけ」
 ラファエロはレンチを回す手を強め、ネジを締め上げる。
「・・・てめぇで言いに来いって伝えろ」
「それこそ直接言ってよ。とにかく、僕は役目を果たしたからね?」
 よいせと年寄りくさい声をあげてドナテロは立ち上がり、ガレージから家に繋がる扉を開けた。その隙間から見慣れた影が覗いて、ドナテロが、あ、と声を上げる。
「どうしたの」
「ああ、そろそろ鍛錬の時間だから呼びに来たんだ」
「そっか」
「ラファエロは、」
「ごめん、ちょっと僕が用事頼んじゃってさ、すぐ終わると思うから先に行ってて」
「でも」
「大丈夫だって」
 声高に捲し立てるドナテロに隠れて見えないが、話す相手が誰かすぐに分かった。仕方なく早々に工具を纏め、オイル塗れの手を布で拭いながらそちらへ向かう。
ドナテロの肩越しに覗いた顔は予想通り、あのレオナルドだ。はっとしたようにこちらを見る目に皮肉気な笑みを浮かべてみせながら、
「ここにいるぜ」
とドナテロの肩を掴んで歩き出す。
「ライトの件は後でいいよな」
「忘れずにやってくれるならね」
 黙って後ろをついてきたレオナルドを振り返ると、きょとんとした目でこちらを見て、
「なんだ」
 と聞いてくる。きちりと結わえた腰帯と家の中だと言うのに背負われた二本の刀。昨日も丹念に磨いていたから、刃こぼれひとつないだろう。
「なんでもねぇよ、リーダー」
 ラファエロが笑い混じりに言うのを皮肉ととったのか、彼は顔をしかめて、だいたいおまえは、と聞かせる気のない説教を始める。その声も顔も隣にいる兄弟も何一つ変わらないはずなのに、ただラファエロの胸の内だけが驚くほど錆び付いて重い。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 色とりどりのライトが忙しなく瞬いて、やたらピッチの早いリズム音が室内に響き渡る。少し開けた中央フロアでは、床が抜けるんじゃないかというぐらい沢山の人間がひしめき合って踊っている。彼らの瞳は何かにとりつかれたように見開かれたまま、時折感極まった奇声があがった。奥のステージではバックライトに照らされたDJが卓にのしかかるようにしてリズムをとっている。
 その異様な熱気にあてられながら、ラファエロは上着のジッパーを限界まであげ、隅のテーブルに用意されたコーラの瓶をもてあそんでいた。隣りでは夜遊び仲間のケイシーと彼の友達だと言う眼鏡をかけた小柄な青年が何度目かのハグを繰り返しているところだった。やがてその順番はラファエロにも回ってくる。しっかりと背中に回された腕を感じながら、曖昧な笑みを浮かべてハグを返す。ケイシーはビール片手にそれを見守っているだけだ。みんな酔っぱらってるから一人くらいマスコットがいても気にしないさ、と言われたのを思い出す。確かに、しまりのない笑みを浮かべている青年からは強いアルコールの匂いがしていた。ケイシーがその頭を小突いて笑う。
「まさか、おまえが結婚できるとはな!」
「僕もそう思う!」
 そう言ってグラスを傾けた青年は、つまらなさそうに瓶を弄ぶラファエロに気がついて顔を寄せてきた。
「どうした兄弟!まあ呑みなよ、今日は僕のおごりだぞー?」
「ああ、そいつはお子ちゃまだからジュースでいいんだ」
「馬鹿にしてんのか!」
 瓶の底でテーブルを叩くラファエロにケイシーの目が悪戯に光る。
「そんなんじゃない、お前に酒呑ませて怒られるのは俺だからな。レオに真っ二つにされちまう」
 レオナルドの名前が出て、ラファエロはぐっと言葉に詰まる。
「なに、厳しいんだそういうの」
「厳しいっつーか、恐ーいお兄さんがいるんだよなぁ?ラフ」
「いいじゃないか、僕の兄貴なんか今だに定職につかず自由人気取ってんだぜ?僕もできのいい兄弟が欲しいよ」
「じゃあやるよ、あんなおせっかい野郎、いない方がせいせいする」
 眉根を寄せて吐き捨てるラファエロの肩に手を回してケイシーが笑う。
「どうした。今日はえらく不機嫌じゃないか」
「うるせぇ」とラファエロはその手を払い落とす。真意を探るように足を蹴られ、すぐさま蹴り返すと、ごつと頭に拳を落とされた。お返しに赤みを帯びた頬に軽いジョブをみまう。ケイシーは大げさな素振りで床に転げてみせた。ゲラゲラと笑う彼に、子供扱いされているような気になってラファエロは瓶のコーラを飲み干して投げ捨てた。テーブルに置かれたケイシーのジョッキを手にとって口をつける。慌てる彼に構わず全て飲み干した。舌を走る苦みに顔をしかめながら、驚いた顔をする青年のぶんまで奪ってあっというまに空にしてやる。
「・・・っ誰がお子ちゃまだって?」
 それを見ていたケイシーと青年は顔を見合わせて笑い出した。
「こりゃあ、俺達もうかうかしてられないな」
「いこういこう!今日はめでたい日だ!じゃんじゃん飲んでがんがん騒ぐぞ!」
「レフェリーはどいつだ!次いこうぜ次!」
「おい店員!こっちだ!特大のをこいつにやってくれ!」
「覚悟しろよラファエロ!」
「こっちのセリフだ!」
 笑い声と酌み交わされるグラスの愉快な音、色とりどりの景色の中でラファエロは今までにない高揚感に飲み込まれ、思考は見事なぐらいに四散した。
 
 
 


 
 
 街のネオンがふわふわと揺らめいている。火照った頬に当たる風が気持ちいい。誰かの腕に支えられて、夜更けの街を歩いているようだった。たぶん、ケイシーだろうと遠慮なしに体重をあずけて店で最後に聞いた曲を口ずさんだ。それ知ってる、と隣の誰かは言った。
「いいものがあるの」
「・・・?」
 ぼんやりと見上げた視界に、ブルネットの髪が舞った。月夜に照らされて白磁の肌が浮かび上がる。
「あなたにだけ特別に、おすそわけしてあげる」
 と、寒そうな唇が言った。声をあげようも言葉にならず、くぐもったうめき声が漏れるだけだ。ゆるりと傾けた頬に冷たい手のひらで触れられて身震いする。
「内緒だよ」
 思考を浸食する声にぼんやりと頷くと、強い腕で抱きしめられた。優しい香りとすがりつくような腕の強さに逆らえず、思うようにならない腕をその背に回す。同時にちくりと肩の辺りに小さな痛みが走り顔をしかめると、慰めるように優しいくちづけが降りてきた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『悪い、・・・気がついたらいなくて』
「・・・ああ」
『店の奴にも聞いたんだけど、知らないって言うし』
「どこの店だ?」
『イーストビレッジだ、BBGって名前の』
「なんだって?そこはジョンGの縄張りだろ」
『まともにしてりゃ害はない店なんだ、一般向けの』
「なら安心だとでも?」
『俺が悪かったんだレオ、後で体を真っ二つにしてくれていい。だから頼むよ』
「言われなくとも、兄弟の後始末くらいするさ」
「ちょっと、レオ!」
 慌てたようなドナテロの声が受話器越しの会話に割り込んでくる。
「後にしてくれ」
「でも、もう必要ないみたいだよ」
 強く甲羅を叩かれて、レオナルドは受話器を耳に押し当てたまま乱暴に振り返った。
 階段の踊り場に現れる真っ黒な影。黒いフードを目深に被ったまま、特にそれを脱ぐでもなく佇んでいる。億劫そうにあげられた顔にはしっかりと赤いマスクがされていた。
『どうしたんだ?レオ?ラファエロが帰ってきたのか』
「・・・ああ」
『ほんとか!?』
「・・・また後でかける」
『えっ・・・ちょっ!』
 向こうでわめく声を無視して受話器を戻した。ソファに座って映画を見ていたミケランジェロが勢いよく振り返って叫ぶ。
「おー!不良が帰ってきた!」
「・・・おう」
 答えたのは寒さに震え、今にも消え入りそうな声だった。思っていた反応と違って、ミケランジェロがつまらなさそうに口を尖らせる。ドナテロが心底呆れた風に後に続いた。
「どこ行ってたんだよ?車のライトも換えてないし」
「・・・悪りぃ」
「とにかく早いところ、」
「なにしてた」
 いやに静かな声が会話を断ちきった。床をはっていたラファエロの視線がついとあげられ、感情の籠もらない赤茶の瞳が階下に立つレオナルドに注がれる。ミケランジェロが心得たようにテレビの音量を下げ、ドナテロは開きかけていた口をすぐさま閉じて作業台に向かった。
「ずいぶんと楽しかったみたいじゃないか。まる三日も、連絡一つ寄越さずふらふら出歩いて」
「ああ・・・」
「理由を聞こうか」
 ラファエロは咳を一つして口を歪めるだけで、答える気配はない。しびれを切らしたレオナルドが大股で階段を上りはじめ、近づくごとに漂ってくる匂いに顔をしかめた。酒と煙草と体臭が入り交じり、どこか甘ったるい香水の香りまでする。
「事情を話してみろ、先生には俺から話を通す」
「・・・後で話す」
「だめだ」
「死にそうに眠ぃんだ・・・」
「自業自得だろう」
 焦点の定まらなかった目が次第に色味を増して、こちらに向けられる。吐く息は震え、かちかちと歯が鳴る音が聞こえた。肌を刺すようなその感覚に、ラファエロが戦闘中にしか見ない類の殺気を放っていることが分かる。それはレオナルドだけでなく、兄弟みんなに向けられているようで、特に敏感なミケランジェロはソファに身を隠してしまう。
「レオ、やめときなよ」
 遠くから心配そうなドナテロの声がしたが、レオナルドは有無を言わさぬというようにラファエロの前に立ちはだかった。
「いいかげんにしろ!みんながどれだけ心配したと思ってるんだ!」
 その肩を掴んで揺さぶると、力無く下がっていたラファエロの両手が動いてレオナルドの手を乱暴にたたき落とした。
「触んな」
 咽を鳴らして威嚇し、その場を立ち去ろうとする。
「ラファエロ!」
 レオナルドが声を荒げて手を伸ばす、それを見越していたのか、ラファエロはぐっと姿勢を低くしたかと思うと突然レオナルドの胸めがけて肘を打ち込んだ。どっと重い衝撃音がしてレオナルドの体が宙に浮き、音を立てて階段を転げ落ちる。
「レオ!」
 その凄まじい音と悲痛な叫び声に何事かと奥の部屋からスプリンターが顔を出した。異様な雰囲気を纏って玄関に立つラファエロと、階下で膝をつくレオナルドを見たスプリンターは、杖の底を床にたたきつけて場を制する。
「ラファエロ」
 おだやかな父親の声に、ラファエロの刺々しい気配はたちまちなりを潜めた。代わりにすがるような目がスプリンターに向けられる。悪夢でも見てきたような顔だった。どうしたと声をかけようとしたが、ラファエロは顔を伏せ、逃げるように自室へ駆け込んでしまう。残された兄弟は呆然としたまま身を寄せ合った。
「いったい何があった」
 困惑の色を隠せないスプリンターにレオナルドはゆるゆると首を振る。
「分かりません・・・突然、」
「待って」
 何かみつけたらしいドナテロが、ラファエロが立っていた場所にしゃがみ込む。床に黒いものが溜まっていた。触れると粘着性を持ってぬるりと指を伝い、鉄さびの匂いが鼻につく。
「見て」
 全員すぐにそれが何か分かった。掲げられたドナテロの手のひらにべったりとまとわりついているのは、間違いなく血液だ。それはラファエロの後を追うように点々と部屋まで続いている。レオナルドは未だ傷む胸を押さえながら立ち上がり、ラファエロの部屋へ向かった。入口に手をかけて名前を呼ぶが、部屋の主は沈黙したままだ。扉代わりの麻布を押しのけて中に入ると真っ暗なまま灯りもついていなかった。入口から差し込んむ一筋の光の中に、力なく横たわる足を見つける。
 水を含んだように重い足を動かして彼の傍に膝をついた。甲羅を揺さぶって呼ぶが、俯せに倒れたままぴくりとも動かない。
 間を置かず入ってきたドナテロが、ぐったりとしたその体を抱え起こす。遅れてやってきたミケランジェロは青い目をぱちりと見開くと、そのまま石像のように立ちつくした。
「レオ」
 呼ばれて我に返ったレオナルドは、ドナテロに導かれるまま、深く呼吸するラファエロを確かめた。耳を澄ますと小さな寝息が聞こえてきて、2人はほっとしたように顔を見合わせる。よく見れば服はあちこち破け、顔も腕も細かな傷だらけで痛々しい。
「ドニー・・・」
 状況が掴めず、ミケランジェロが不安げに声をかけてきた。
「ん、眠ってるだけだよ。大丈夫」
「な、なんだびっくりしたなぁもー!叩けば起きるんじゃないの?それとも王子様のキス?げー!勘弁してよー!」
 緊張を解いたミケランジェロがにんまり顔でスプリンターを振り返るが、スプリンターは眉間に深い皺を寄せたまま、黙って様子を見守っている。ミケランジェロはすぐに笑みを引っ込めて足元に続く赤黒い足跡を辿った。剥き出しのつま先は爪が剥がれているらしく、そこから生暖かい血液がじくじくと染みだしていた。
 ラファエロはまさか家族にとり囲まれているとも知らず、昏々と眠り続ける。その顔は険しく、まるで失った時間を取り戻そうとしているみたいだとレオナルドは思った。