ザ・ファイヴ・コーナーズ・カルテット


 

 
 バスケのシーズンが終わってしまうと学校はてんでつまらないものになった。試合の結果はまあまあ。地区大会であのグローブスとぶつかって、そこのセンターはうちのセンターのクリスより一学年上で体なんかふた回り以上でかかった。試合が後半に入って、あの肝っ玉のちいさいギズニー・ジョンソンはバカなことに疲れ切ったクリスを交代させなかった。
 

『はじまり』より


 
 
 肌寒い午後だった。
「てめなんでメールよこさねぇんだよ」
 言われてレオナルドが振り返ると、ラファエロが肩で息をしながら立っていた。歩くたびに砂が舞い落ちて、ぱらぱらと彼のあとに道をつくる。外は砂嵐のようだ。彼がのしのし歩くたびに黄色灯がちらちら揺れて、店にいたミュータント達は何事かとこちらを伺う。ラファエロは特に気にした様子もなく、木造のカウンター席に腰掛けてソーダくれ、とカウンターの向こうに立つバーテンに言った。バーテンは顔の正面についたブタ鼻を鳴らし、丸みのあるふくよかな手で背後の棚からグラスをとって、着色料たっぷりのソーダを注いで出した。ラファエロはぐいと一気に飲み干して、空のグラスをバーテンに渡し、今度は水くれ、と言った。
 カウンターに並ぶ丸椅子に座って、ラファエロはカーキのワークパンツを手ではたいている。その裾はぼろぼろに擦り切れ、黒いゴム靴は底がはがれてつま先から綿の靴下が覗いていた。ラファエロは出された水を飲み干し、もう一杯と言ったが、ブタのバーテンは他の客の相手をしていたので、しかたなくカウンターの向こうに身を乗り出して洗い場の蛇口から直接水をいれて氷を浮かべてまた飲み干した。そしてやっと一息ついて頭や背中の砂を全て払い落とし、上着を脱いで隣の椅子にかけ、黄ばんだヘンリーネックのシャツをつまんでゆらしながら、苦々しげにもう一度、
「なんでメールよこさなかったんだよ」
「忙しかった、単純に」
「おれだってそうだ言い訳になんねぇよ。どうせおれだからいいかとか思ったんだろ」
「まあ、半分は。おまえ約束は守るだろ」
 やっぱりな、とラファエロは言ってカウンターを両手で掴んでがっくりと項垂れた。レオナルドは半分氷の溶けたグラスを掲げて、
「おかえり」
「うるせえ、死ぬ気で帰ってきたってのにてめぇは連絡よこさねぇし、ドンはいねぇしバカはバカだしよ。おまえらおれをなんだと思ってんだ」
「よく帰ってこれたな」
「おかげで任期が半年のびた。なのにこっちにいられんのは一週間だけだぜ。ちくしょうあの野郎……分かってて降ろしやがったんだ。戻ったらぶっとばす」
「いいじゃないか、あと一年と半年で自由にできるんだから」
「おまえはいいよな、上の機嫌とってわんわんやってりゃいいんだろ」
「ごまするような上司はいない。残念ながら」
「好きにできんなら同じだろうが、こっちは寝るのも許可とらなきゃなんねぇんだぜ」
「たいして変わらないさ、保護区以外は宿舎と職場を行ったり来たりだよ」
「いえは」
 ラファエロは目を擦って唸った。右手の中指が一本、なくなっていた。
「家はどうなった」
「うん、予定では今週末だ」
「なんだおまえ余裕だな」
「もう先生もいないし、随分前からわかってた。仕方のないことさ」
「どうしたよ、レオ、おまえ」
 レオナルドは薄く微笑むだけで何も言わなかった。
「ま、バカは認めてないらしいな」
「すっかり嫌われたよ」
「みたいだな」
「会ったのか」
「電話で話した」
「なんて言ってた」
 ラファエロはまた勝手に水をついで、ソーダの瓶を勝手に棚から拝借してきて水に足して飲みはじめた。
「おまえと連絡とれねぇっつったら、『いいじゃんもう。レオはさいしょっから出て行く気だったんだよ。そんなもんだったんだって!』だからほっとけ、とさ」
 ラファエロが口調を真似てみせると、レオナルドは笑った。
「どうなんだ」
「言い訳する気はないよ、俺は家が壊されても何も言わない。それに、あそこにはミュータント専用の複合住宅ができるんだ、悪い話じゃないだろ。いま不法占拠で捕まったら、それこそ一生を棒に振りかねない」
 レオナルドが息もつかずに言うと、ラファエロはすっと目を細めて、
「そうだよな」
「なんだ」
「いや」
「壊されるまえに一度行ってくるといい。ついでにマイキーを引っ張って連れてきてくれ」
「おまえはいいのか?」
「もう十分だよ」
「先生はなんていってた」
 レオナルドは、隣りの椅子に畳んであった合皮のジャケットをとって着た。表面はてかてかでだいぶ使用感があるものの、レオナルドの体にぴったりと合っている。襟はなく、ポケットがたくさんついていて内側と左のポケットがやや膨らんでいる。裏地は一面起毛で暖かそうだ。
「どうだろう、なにもなかったと思う」
 ジャケットの上に斜め差しにした二本の刀を背負って、レオナルドはバーテンを呼んでカウンターに四つ折りにした紙幣を置いた。ラファエロはもう一杯だけ水を飲み干すと、砂っぽい上着を肩にかけてレオナルドの後に続いた。
 

『犬男』より




 
 空気が大きく動いて熱のかたまりが近づいてくるのを感じる。伸ばした手は、思いのほか近くまで来ていた彼に当たった。下はコーデュロイ、上は薄手のシャツ一枚で、うっすらと濡れて張り付いている。ゆっくりと上下する腹の窪みに指を入れて辿り、無理に締めたせいで伸びきった皮ベルトのバックルをかちゃかちゃ鳴らした。青臭くて、湿った匂いがする。これと同じものを、さっき袋の中で嗅いだ。


『あえていうならつっこまれたい、身も蓋もないくらいに愛されたい』より



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