道を進むにつれて、先程から聞こえている重低音が大きくなっている気がする。もう何度目の角だろうか。前を行くラファエロには何か予感めいたものが働いているらしく、速度を緩めることなく突き進んでいた。こういう場合に限り、彼の野生の感というのはおおむね正しい─統計的に言っても、とドナテロは頭の中で注釈をつける。
「なんの音だ」
 さすがのラファエロも定期的に響く音に気がついたらしい。ドナテロはあちこちに転がる瓦礫と垂れ下がった配管に邪魔されながらも来た道を必死で頭の中にたたき込んでいる最中だった。天井が高くなった気がする。籠もった空気が体にまとわりつき、自分たちが大分深く潜ってきていることが分かる。
「ほら、新しくできた下水処理場が近いのかも。今朝のトップニュースでやってたでしょ」
「やってたか?」
「ものすごい抗議デモがあったじゃない」
「あー・・・」
「分かってないね」
「うるせぇな、だからなんだってんだ」
 言い捨てて、踏み出したラファエロの足が大きな音を立てて反響した。驚いて漏らした声が広い空間を揺らし、あちこちにこだまする。
坑道が途切れて、どこか別の場所に出たらしい。天井の亀裂から漏れる薄明かりの中で、2人は辺りを見回した。
 5階建てのビルほどもあるだろうか、柱が列をなしてならんでいる。ドーム状の天井は、はげかかってはいるが、細かいモザイクが施され、<110th St>と駅名らしきものが描かれているのが見えた。
「・・・セントラルパークだ」
 ドナテロの呟きが壁に吸い込まれていく。天を仰いだラファエロの足が硬いものを踏んで、ぱきりと小枝が折れたような音がした。足をそろそろと上げると、砕けた粉がまとわりついて足の裏が白くなっている。ドナテロが手にとって、検分を始めた。
「これは・・・」
「見ればわかる」
 ラファエロがドナテロの簡易ライトを奪って地面を照らした。隙間もないほどに散らばっているのは、動物の骨だ。親指ほどの小さなものから、人の頭蓋にあたるものまで、綺麗に乾いた状態で散開している。骨の髄までむさぼり尽くされた骨はちょっと触っただけですぐに砕けた。他にも破れた服や歯ブラシや、テント、空の缶詰、刃の折れたナイフなど、人々が生活していたらしい痕跡が残されている。
「もぐらのくに、だよ」
 ドナテロが静かに告げた。いぶかしげにこちらを見るラファエロに、ドナテロは淡々と語り出す。
「ここらへんは浮浪者たちの生活の場なんだ。彼らはもぐらと呼ばれていて、ある程度ルールを決めて暮らしてる。めったなことがない限り自分のテリトリーを出ない連中だから、先生は僕たちが彼らの場所を侵さないように、立ち入りを禁じた」
「なんで知ってんだ」
 ドナテロはちらりとラファエロを見ると「ちょっとね」とまた骨に視線を戻す。
「ちっ・・・」
「でも・・・この事態は尋常じゃないね。どの骨もそう古くはないと思うけど」
「侵入者がいるってことだろ」
 ドナテロが持ち上げた頭蓋骨には、何か巨大なものが頭の半分をかみ砕いたような痕跡があった。
「しかも、人間じゃない」
 ドナテロの呟きにかぶるように暗闇からタイヤの転がる音と、大きなものが暴れ回っているような振動が伝わってきた。後を引く独特の叫び声に聞き覚えがある。
「マイキー?」
「ぎいゃあああぁぁぁぁ!!」
 叫び声とともに暗闇の中からボードに乗ったミケランジェロが現れる。必死の形相でこちらへ向かってくる。そのすぐ後ろで土埃をあげながら迫っているのは、全身を毛に覆われた怪物だ。見上げるほどの巨体で、ちらりと見えた顔には目がなく、むき出しの鋭い歯で今にもミケランジェロにかみつきそうだ。
 ラファエロはサイを引き抜いて構え、走り出した。心得たようにドナテロが背負っている棒をとり、慣らすように二回、三回空中でひねらせて持ち手を変える。ぐっと体制を低くすると、左手を添えるようにして構えた。
 速度を上げるラファエロに、飛んできた瓦礫が頬すれすれをかすめて過ぎた。ぶつかる直前、ミケランジェロがボードを滑らせて横へ逃げる。ラファエロが地面を蹴って毛むくじゃらの背に飛び乗り、固い筋肉で覆われた背中に深々とサイを突き刺す。しかし、怪物は速度を緩めたぐらいでその勢いは止まらず、ラファエロを振り切ってドナテロの方へ突進する。
「ドン!」
 ラファエロの声が聞こえているのかいないのか、ドナテロは益々低く腰を落とした。
「はっ・・・っ!」
 気合いの声をあげ、怪物の前に飛び出す。
どっと鈍い音とともに、棒の先が目のない顔にめり込んだ。その勢いで体を持ち上げ、巨体を飛び越える。
対象を無くした怪物は正面から柱に激突し、地響きを立てて崩れ落ちた。
「あー・・・もー・・・」
 見事に討ち取ったはずのドナテロだったが、着地に失敗したのか、尻餅をついて情けない声をあげている。
「やるな、ドニー」
「どうも」
 気のない返事だ。ラファエロは怪物に突き刺さっていたサイを引き抜き、赤黒く染まった血をふるい落とした。そのすぐ横でミケランジェロが地面に膝をついたまま小さくなっていた。怪我でもしたのかと覗き込むと、彼の前には真っ二つに割れたスケートボードが転がっていた。じっと視線を落としたまま動かない弟に、恐る恐る声をかけようとすると、がばっと振り返った青い瞳が好奇心いっぱいに輝いた。
「モグラだよ!スーパーでかいモグラ!」
 大声で叫んで倒れた怪物のもとへ駆け寄っていく。ラファエロは呆れたように頭を振り、ドナテロは壊れたボードと弟の背中を眺めて首をかしげた。ミケランジェロが言うところのモグラは大きな前足と長い爪、なによりも退化して目がない。姿形はモグラそのものだが、大きさがケタ違いだ。
「化けもんだな」
「僕らが言えた口じゃないけどね」
 武器を納めたドナテロがモグラらしきものを見下ろして、
「NYには人食いワニもいるんだよ?もしかしたらこいつもその類かも」
「オイラ達と同じかな」
「いや、こいつら体はでかいけど思考は単純かつ本能的、僕らとは違うよ」
 そう言うドナテロの顔はなぜだか楽しそうだ。
「マイク、そっちはどうだったんだ」
 目を輝かせて怪物を覗き込んでいたミケランジェロが、はっとしたようにラファエロの腕を掴む。
「オイラ向こうで人間の子供を見たよ!」
「あほか、いるわけねぇ」
「本当だって!後を追ってったらスーパーでかいモグラがぐわーって来て、で、その子を助けなきゃと思ってさあ!」
「姿を見せたの?」
 うんざりしたようにドナテロが呟く。
「しょーがないじゃん。なんかあんまり驚かなかったし。ほらエロと違ってオイラ優しくてシンシテキだからね!」
「バカ過ぎて呆れたんじゃねぇの」
「うわっ嫉妬!?やーらしー!」
「ふーん・・・その子、どっちに行った?」
 真剣な表情のドナテロに2人は顔を見合わせた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・くそ」
 ひゅうひゅうと音を立てる喉からかすれた呟きが漏れる。もたれかかった柱の向こうで、奴らが這いずる音が聞こえてくる。流れ落ちる汗が目に入り、レオナルドはぶんぶんと頭を振ってため息をついた。刀を握る手はべっとりとまとわりついた血液で汚れ、刃にこびりついている。膝になすりつけてぬぐおうとするが、うまくいかない。
 レオナルドは柱に頭をごつとぶつけて、うんざりしたように己の左腕を見下ろした。ぐったりとしたまま持ち上がらない左腕。指が動かせるので折れてはいないらしいが、左のひじがまるで別の心臓を持ったように脈打っていた。
 上から落ちたとき、着地に失敗して間接をはずしてしまったらしい。何度か経験があったが、すべてドナテロのおかげで大事なく済んでいたことだ。だが今、頼みのドナテロはいない。それに、切れ味の悪い刀一本で、奴らの群れを突破できるとは到底思えなかった。レオナルドは熱を逃がすように細く長く息を吐き出し、呼吸を整える。
「・・・大丈夫」
 右手に持った刀の柄を咥え、柱を背に体を起こす。力なく垂れる左腕をなんとか両足に挟んで固定する。じりじりと這い上がる痛みに大粒の汗が流れ落ちる。
意を決し、勢いよく腕を引いた。
「・・・っぐっ・・・」
 背筋を電流がかけぬけ、こきんという小気味いい音とともに、レオナルドはこらえていた息を解放した。荒い息を吐きながら自分のカラーでもある青のマスクを解き、左手に刀を固定させる。
 どぉんとまた壁が崩れる音がする。柱越しに覗くと、行き場を失ったモグラ達が、次々と壁に腹を押しつけているのが見える。壁を壊そうとしているのだろうか。エサを探しているのかもしれない。
 様子を伺っていたレオナルドの目に、細い貨物用の坑道が飛び込んできた。その前でたむろしている数匹さえきりぬければ、あそこまでたどり着けそうだ。レオナルドは刀の柄を握り直すと、ひとつ呼吸し、地面を強く蹴って走り出した。正面にいた一匹の背を飛び越え、次のを体当たりで押し倒す。騒ぎに気づいたモグラ達の鼻先がレオナルドの方へ向けられる。刀を構え、迫ってきた一匹の顔に突き立てた。突然の攻撃に身をよじらせて、 無防備になった腹にもう一本をねじ込む。
 うおおぉおん
 赤黒い血を振りまきながら、怪物は切なげに鳴く。レオナルドは、すぐ隣に迫ってきた二匹の上に飛び乗り、血まみれの切っ先をその背中に押し込む。激痛にのたうつ彼らの尾がレオナルドをたたき落とした。
 転がりながらも立ち上がろうと、地についた両手にしたたり落ちたのは獣の血か、それとも自分のものなのか、もう分からない。左腕が燃えるように熱く、あちこちで聞こえるうなり声に抑えていた徒労感が全身を覆って、レオナルドはすがるように天井を見上げた。どこまでも続く闇だ。見慣れているはずのコンクリの壁、容赦なく熱を奪う寒さ、祈る声も届かない絶対零度の世界で、レオナルドは朦朧としたまま仰向けに転がった。頭のどこかで危機感を唱える自分がいて、なんとか上体を起こそうとしたが、させじと胸に乗りかかってきたのは丸太のように太いモグラの前足だ。湿った鼻先がレオナルドの顔に寄せられて、大きな口がするどい牙を覗かせる。めりめりと自分の体が地面に沈んでいくのが分かった。真っ黒な爪が柔らかい首筋に食い込んで傷つける。右手が意味もなく宙をかいて、視界が喰われかけたとき、急に拘束がゆるんだのを感じて、レオナルドは怪物の下から転がり出た。間髪入れず左腕に縛り付けていた刀をモグラの顔面にめがけて突き出す。確かな感触があり、モグラは二、三度大きく痙攣したかと思うと音を立てて崩れ落ちた。
 荒い息を吐きながら顔を上げると、目指していた坑道の入り口にあの少年が立っていて、向かってくるモグラに石を投げている。レオナルドはなんとか重い体を起こし、最後の気合いで立ちはだかる一匹のでっぷりとした腹を切り裂いた。少年に手招かれるまま、目の前の坑道へ転がり込む。
 怒りと空腹で金切り声をあげる奴らが後を追って、入り口に突進してきた。衝撃で壁の亀裂が広がっていく。ふらつくレオナルドを少年がさらに奥へと促して手をさしのべる。レオナルドが伸ばされた手を取ると同時に、道の入り口は崩れ、完全な暗闇が二人を包みこんだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 




 
『レオナルド』
 時計の針がとうに夜中を過ぎた頃、静まりかえったリビングのソファに座っていると、背後から声をかけられた。さも不機嫌そうな声が耳を打つ。二度、三度呼ばれても振り返らなかった。
『ねてんのか?』
 ソファに体を埋めたまま、目を閉じる。先程の組み手でのこともあって、気まずくなるのは目に見えていた。みんなと居るときは彼とも笑って過ごせるのに、2人きりになるとすぐ喧嘩だ。いつも通りといえばそうだが、同じテレビを見ているときも、鍛錬の合間にも、何かしら理由をつけては突っかかってくる。『なんだかんだいっても仲良いよねぇ』とドナテロは言うが、半ば本気の取っ組み合いになってしまうこともあって、レオナルドは彼を避けるようになっていた。
 帰ってきて、少しはマシな関係になれたと思ったのに、このざまだ。近づいてくる彼の気配を感じながらレオナルドは益々強く、目を閉じた。彼が前に立ってこちらを見ているのを感じる。気づかれたのかもしれない。
 はやる心臓を抑えながらレオナルドは狸寝入りを続けた。しばらくして、何か低い声で彼が呟く。柔らかな指先が首筋を辿るのが分かった。丁度頸動脈のある場所に指を置いて、安堵したようなため息を漏らす。いつもの皮肉な笑い声とは違う、穏やかなそれに、誘われるように目を開いた。思ったより近くに彼の驚いた顔がある。
『なんだよ・・・何か言えよ』
 じれたように言う彼の瞳を、レオナルドは黙ってみつめていた。
『レオ』
『おまえとは、話したくない』
 独白めいたレオナルドの声に、彼は眉を寄せる。
『ああ?』
『・・・何か気に入らないことがあるのは分かってる。でも同情めいたことならやめてくれ』
『ハっ!くだらねぇ』
『そっ、おまえが・・・っっ・・・』
『オレがなんだって?』
『・・・』
『言えよ』
『分からない・・・』
 薄暗いリビングに爛々と灯る彼の瞳。しばらく何か思案している風だったが、急にレオナルドの体を引き寄せて、顔を覗き込んできた。
『知りたいか』
『・・・なにを?』
 どうしてか酷く冷たい彼の指が、レオナルドの肩をなでる。
『オレが何を考えているか、知りたいんだろ』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 壁を叩く感覚がどんどん早くなっている。張り巡らされた配管はそのほとんどが錆びて穴だらけになっており、流れ落ちる液体は汚水と混じってたまらない刺激臭を放っていた。
「ドニー!どこ行くんだよー!」
 小走りで後を追いかけてくるミケランジェロとラファエロの、不満げな視線を感じたが、ドナテロははやる気持ちを抑えられない。
「科学的合成物なしであそこまで成長するなんて、聞いたことないよ。ミュータンジェン以外にも生物を劇的に進化させるものがあるってことじゃないか。大発見だよマイキー」
「へえすごーい!」
「・・・意味わかってんのか」
 ラファエロが弟の耳元で囁く。
「なんかすごいって話でしょ」
 きょとんとした顔で言う弟に、ラファエロはがっくりと肩を落とす。
「早くしないと置いていくよー!」
 後ろを急かすドナテロが周囲の壁に手をやると、ぼろりと崩れてただの土塊になった。人一人分の大きさしかない横穴だ。作業灯のケーブルと泥まみれの太い管が何本も上部に伝っている。手探りでケーブルをたどっていくと明らかに質の違う面に触れ、溝に指をかけるとフタが空いて中から簡素なスイッチが現れた。スイッチを倒すとヴヴンと電気が行き渡る音がして、まぶしいほどの明かりが道を照らし出す。後ろの二人が見事なハーモニーで感嘆の声をあげた。
 インディジョーンズみたーいと、はしゃぐ弟に反して、ドナテロは今更嫌な予感がこみ上げてきていた。妙にきなくさい、この臭いを知っている。歩みがどんどん早くなり、最後には走り出していた。道の先に青白い光がともり、熱風が吹きぬける。突然立ち止まったドナテロの背中にミケランジェロがぶつかった。
ドナテロは目の前の情景を食い入るように見つめていた。壁の上を青白く光る液体が流れ落ち、その中を蠢いているものがある。
切り開かれた空間には、貨物用の古いトロッコが半ば土に埋もれて放置されていた。投げ捨てられたつるはし、変形したヘルメット、それ以上に散在しているのは骨と皮だけの人らしきものの姿。
「げっこれって・・・」
「なんだこりゃあ」
「動かないで」
「へ?」
「よく見て、ダイナマイトだ」
 青白い光に混じって黒光りする筒が綺麗に並列して壁に埋められている。妙なきなくささの原因だ。ドナテロは足音を立てないように近づいて、群がる生物をのぞき込んだ。毛むくじゃらの手足、退化した目と鋭い爪、鼻先をひくつかせながら、か細い声で鳴いている。
 喉の奥がひりつくほど乾いているのに、むっとした熱風が体にまとわりつく。口を腕で覆って、慎重に壁に埋め込まれた筒をのぞき込んだ。だいぶ古い形のものだ。筒に爆薬、雷管を差し込んで電流を流せばすべてが連動して穴が空く。まさかNYのど真ん中にこんなものが埋まっているだなんて誰が想像しただろう。セントラルパークの建設で使われたものだというなら、100年以上も前ということになる。
 よく見ると、小さなもぐら達は爆薬の周りにたむろして、壁の亀裂から染み出した液体に群がっている。ぽたり、と頭に落ちてきたものをぬぐってラファエロが顔をしかめた。壁を流れる液体は、ここ全体を覆いつくしているようだ。
「勘弁しろよ・・・」
「なんだと思う?」
「さあな」
 また重低音が響き渡った、音はどんどん近づいてきている。その振動か、壁に入った亀裂が大きく広がり、その隙間から液体がどんどん流れ込んでくる。並列につながったダイナマイトの電線は壁を伝い、上から下まで四方に伸びている。調べている最中にも二、三度地響きを伴った轟音が響き、亀裂はますます大きくなった。ドナテロははっと顔をあげて兄弟を見る。彼らは辺りの探索に夢中で、ドナテロの危惧している事態など想像もつかないのだろう。けれど、今その最悪の事態を伝えたところで回避する方法もない。
 ドナテロが頭を悩ませていると、
「あいたっ!」
 ミケランジェロが飛び上がって叫んだ。触ろうとしてモグラに指をひっかかれたらしい。不満げな声を漏らすミケランジェロの隣で突然、ラファエロがサイを引き抜いて身構えた。
何かを感じ取ったらしく、さらに奥へと二人を促す。
「誰かいる」
 気配のする方へ進んでいくと、明らかに人の手で作られたらしい巨大なバリケードが現れた。廃材と瓦礫を交互に積み、隙間は泥で固められている。やってきたドナテロが壁に耳を押しつけるが、壁が厚すぎて何も聞こえない。ミケランジェロは壁に張り付いている二人の背中をどんと叩くと甲羅に足をかけてよじ登る。バリケードの上に子供が通れるほどの隙間が空いているのをみつけたのだ。下で呻き声をあげている兄たちをそのままに、中を覗きこむ。向こう側はかなり広い空洞になっていて、どこまでも続く壁に幾つもの人影が映りこんでいた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 




 レオナルドが気がつくと、堅く握っていた少年の手はなく、突然現れた人間達に囲まれて膝をついていた。痛む頭を抱えてゆるりと立ち上がると、興味深げにのぞき込むたくさんの目とかち合う。
 たった一つのランプが、そこにいる十数人の人々を浮かび上がらせている。皆一様にやせ細り、ぼろをまとっているが、こちらを見る目は明らかな殺気に充ち満ちていた。中でもリーダー格らしい髭づらの男が、レオナルドの刀の片方を構え、血に濡れた切っ先をこちらに向けている。レオナルドは刺激しないようゆっくりと立ち上がり、男を見据えた。
「上の人間か」
 答えずにいると、男は少年の腕を掴んでレオナルドの前に引きずり出した。そして今度は少年に刃を向ける。
「なぜつれてきた」
「っよせ!俺が勝手についてきたんだ・・・その子は関係ない」
 凜と響き渡る声に、男はねっとりとした視線を寄越し、
「かばってるのか。こいつを」
「・・・離してやってくれ」
 男は奇妙な高い声で笑い、少年の襟首をつかみ上げて耳元に囁く。
「なかなかご立派な奴を連れてきたな。お前・・・ここを出たいか」
 少年が激しく首を振る。
「だとよ」
 レオナルドは死んだように見守る人々を見回し、足を踏み出した。
「君たちは・・・どうしてこんなところに?あの怪物を知ってるだろ?」
「だからどうした」
「・・・ここも時間の問題だ」
「どうも分かっていないようだから教えてやるよ。俺たちのルールはただ一つ。干渉するな、だ。俺たちの存在はここと同じでとっくに消滅しちまってる。だからな、頼むよ正義のヒーローさん、何の得にもならない俺たちを放っておいてくれ」
 つまらなさそうに唾をはいて男は笑う。レオナルドは俯いたままの少年を見下ろした。その手は拳を作って僅かに震えている。
「俺はただ・・・君たちを助けたいだけだ」
 男は声高く笑ったかと思うと、突然レオナルドの腹を蹴り上げた。それによろめきながらもまっすぐに向かい合う姿勢は変えない。
「人助けをしたいなら他でやんな。俺たちには必要ない」
「どうかな」
「ああ?」
「・・・本当にそうなのか?」
 レオナルドは静かに呟いて、少年を見た。頭を垂れたままこちらを見ないようにしている。近寄ろうと足を踏み出したレオナルドに、男が刀を振り下ろす。寸差で避けたが羽織っていた布が音を立てて切り裂かれ、堅い甲羅があらわになった。男の顔が驚きと恐怖で引きつるのが見えた。レオナルドは姿を隠すことなく、余った布を肩から落として光の中に歩み出た。
「俺も君たちと同じで、存在しない。上での名誉は関係ないし、ヒーローぶるつもりもない」
 その姿を目にしたほとんどが禍々しいものでも見るように目を反らした。幾人かは好奇の目でじっとレオナルドを見つめている。こちらを見上げる少年に、レオナルドが手をさしのべると、庇うように幾人かが前に立ちはだかる。少年を守ろうとしているのだ。
「・・・干渉しないなら、その子がどうなろうと関係ないはずだ。本当は、こうやって集まっているのも、怖いからじゃないのか」
 全員しんと静まりかえり、レオナルドに見入っていた。迷いのない凜とした声が空気を震わせる。
「一緒に地上へ行こう。こんなところで獣に喰われて・・・孤独に死にたいか」
 その呼びかけに進み出てきた少年のまんまるな瞳に、レオナルドが映りこんでいる。手を差しのべると、少年の震える指先が伸びてきて、期待と不安がない交ぜになったような顔をくしゃりとゆがめた。
「ふざけるな!」
 硬直していた男が我に返り、唾を飛び散らせて叫ぶ。少年をレオナルドから引きはがし、細い首を掴んで乱暴に持ち上げた。止めに入ろうとしたレオナルドに刀を向けると、男は荒い息の下、濁った目でレオナルドを睨み付ける。周囲を囲んでいた人々も男の突然の奇行にざわめきはじめる。
「お前みたいな化け物が俺たちを救うって?笑わせるな!上に何があるってんだ。俺たちを守ってくれるものは何もない。上じゃ息をするにも金がいるんだよ!」
 男は少年の首を絞める手をますます強め、荒い息を吐き出した。
「やめろ!まだ子供だぞ!」
「おっと、手ぇ出したらこいつの首をへし折るぜ!嫌なら出すもの出してもらおうか。そうしたら・・・こいつをやるよ」
 男の指が少年の柔らかい首筋に食い込み、細い手足がびくびくと痙攣しはじめる。レオナルドは持っていた片方の刀を握りしめ、にやついている男の顔を見据えた。
「・・・俺を殺すか?早くしろよ。子供を救うのがヒーローだろ」
 ひゃひゃひゃと喉をふるわせて笑う男の瞳孔は開ききって、何も映さない。少年の口は魚のようにぱくぱくと開き、顔が土気色に変わっていく。見開かれた目から止めどなく涙が流れ落ちた。
 レオナルドは震える息を吐き出して、すっと体制を低くする。男は待っていたというように腕を広げた。
 刀を持つ手が震えるのを堪え、ぐっと、前へ出ようとしたレオナルドの体を、ふいに何かが止めた。はっとしたように辺りを見回すレオナルドは、遠く、自分を呼ぶ声を聞く。
 ひゅうと鋭く空気を割る音がして、気がつくと、男は地面に膝をついて、その腕には深々と三又の切っ先が突きたてられていた。この武器を使いこなせる者は一人しかいない。
「レオー!」
 奥に積まれたバリケードの向こうに、オレンジのマスクの端が見えた。続いてどどんと大きな爆発音がして、土煙の向こうから、三人の兄弟達が転がり込んでくる。
「くっそ・・・これのどこがちょっとした破壊力なんだよ!」
 地面に這いつくばったまま唸っているのはラファエロだ。
「いやー配分間違えたかなー?」
 何事も無かったように立ち上がり、ほこりをはたくドナテロがこちらに向かってひらりと手を振っている。それを遮るようにミケランジェロが両手を振り上げて叫ぶ。
「イエー!正義のヒーローミケランジェロ参上ー!!!」
「どけバカランジェロ!」
 おおよそ助けにきたとは思えない騒がしさに、人々はあっけにとられている。レオナルドは地面に横たわって動かない少年を抱きかかえ、男から引きはがした。低く刀を構えて牽制する。そのまわりを駆け寄ってきた三人が囲い、陣形をつくる。
「レオナルド!」
「オイラのカレイな着地見た見た!?」
「ったく・・・長いお散歩だな」
 煙で真っ白になりながら軽口を叩く三人を見たレオナルドは、突然わき上がってきた安堵感に立っていられず膝をついた。それを背後に庇って正面をとるのはラファエロとミケランジェロだ。ドナテロは、不安そうに手の中をのぞき込んだままのレオナルドから少年を預かると、できるだけ穏やかな口調で兄に話しかけた。
「大丈夫、気絶しているだけだよ。でも早く看てもらったほうがいいと思う、ちゃんとした人間の医者にね」
 にんまりと笑うドナテロに、レオナルドは自分を納得させるように何度も何度も頷いた。
「・・・おい、とっとと片づけるぞ」
「はいはーい!痛いの嫌なら逃げた方がいーかも〜」
 得意のヌンチャクを振り回し始めたミケランジェロに、人々は後ずさって道をあける。うなり声をあげて威嚇するラファエロの腕を掴み、レオナルドが立ち上がった。
「お、おい」
「大丈夫・・・っ!?」
 ふいにラファエロがレオナルドを押しのけて、飛んできたものを手に取った。見ると、先ほどまで男の腕に刺さっていたサイだ。男は、流れ出る血を止めようともせず、憎しみに燃える目でこちらを見ていた。
「出て行け!化け物め!お前らの場所はここにはない!」
「・・・このやろう・・・」
 喉を鳴らすラファエロを制して、レオナルドが再び前に進み出る。
「俺たちは一切君らを傷つけないし、干渉もしない。ここから出たいなら、手を貸そう。残るなら好きにすればいい・・・どうする?」
 再び轟音がして、大きくゆれた。ばらばらと瓦礫が落ちてくる。人々は身を寄せ合いながら得体の知れない四人を見つめてか細い声をあげるだけだ。
「えーと・・・ちょっといいかなレオ」
 ドナテロが落ち着き無く瞳を泳がせて、後ろを示す。
「2階建ての家一戸が軽く吹き飛んじゃう程度のダイナマイトがそこにあってさ、この音はたぶん、連動した他の場所のダイナマイトが爆発してるせいだと思うんだ。で、ほらだんだん近づいてきてると思わない?僕の言いたいこと分かる?」
「なんだって?」
 ドナテロは激しく首を縦に振って。急いだ方がいいと促した。ラファエロとミケランジェロは不思議そうに、ジェスチャーで会話する二人を見守っている。
「なんでもっと早く言わないんだっ」
「いや、ちょっと意思疎通に問題が・・・」
 レオナルドは立ち尽くす人々に向き直って焦ったように叫んだ。
「ここはじきに爆発で崩れる!急いで逃げるんだ!」
「どええっっ!!」
「なんだと!?」
 真っ先に声を上げたのは、やはり通じていなかったらしい二人。
 人々はおろおろするだけで、誰も動こうとしない。レオナルドはじっと立ち尽くしている男に近寄って、その肩に触れる。とたん、手に持った刀を振り回して暴れ出したが、ふりまわすだけの攻撃が当たるはずもなく、レオナルドは男の腕を掴み、刀をたたき落とした。
「一緒に来い!」
 強引に腕を引くが、男はがんとして動かない。
「死にたいのか!?」
 やがて、後ろで様子をうかがっていた人々がばらばらと動き始めた。ドナテロが誘導する方に向かって、皆一様に走り出す。
「レオ!」
「大丈夫だ!早くその子を運んでやってくれ!」
 ドナテロが心得たように人々を引き連れて、走り出す。一緒に促されたミケランジェロも振り返りながらそこを後にする。ラファエロだけが、落ち着かない様子でレオナルドを待っていた。
 男は、地面に座り込んだまま、動こうとしない。レオナルドのよびかけに、ガラス玉のような目をむけて、つぶやいた。
「・・・おまえのせいだ・・・もうなにもなくなった・・・おまえが奪った、俺の家族を・・・」
 男の体は魂が抜けた後のように重く、地面に縫い付けられていた。
「なぜだ・・・どうして奪う・・・おれのたったひとつのものなのに・・・」
 とたん、杭で貫かれたように体の奥が痛んだ。誰に向けるでもない言葉が、レオナルドには恐ろしいほどはっきりと聞き取れた。確かに、彼らのくにを土足で荒らして掟を破ったのは他でもないレオナルドだった。
 上へ行くことの意味を考える。レオナルド自身も地上で生きてはいけない境遇だというのに、どうして彼らの行く先を示せるのか、分からなかった。
「どうして・・・」
 地面が揺れ始めた。男を見下ろすレオナルドの肩を、ラファエロが掴む。
「いつまでやってんだ!行くぞ!」
「でも・・・!」
「よく見ろ、こいつは・・・っ」
 言われてレオナルドはぶつぶつと呟きながら天を仰ぐ男をみつめた。頬はこけて、ぎょろりと飛び出した目は落ちくぼんで黄色く濁る。
 どんとすぐ近くで爆発音が鳴り響き、ラファエロはレオナルドを強引に引っ張ってその場を離れた。亀裂が壁を分断し、大量の液体が流れだしていた。群がるモグラを蹴飛ばしながら、二人は走る。できるだけ遠くへ。
 やがて、激しい揺れが起こり、レオナルドが足を取られて転んだ。気づいたラファエロが後ろを振り返ると、大きな地鳴りとともに茶色く濁った濁流が向かってきているのが見えた。ラファエロは自分の甲羅を盾にレオナルドを抱き込んだ。すさまじい音を立てて濁流が二人を飲み込み、容赦なく押し流す。二人は、意識を飛ばされそうになりながらもお互いを離すまいと、手を伸ばした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ゆらいでいた意識の中で足に触れた冷気が音を立て、ラファエロははっと目を見開いた。体じゅうにまとわりつくものを払い落とそうとして、それがただの水だと分かる。自らの状況を思い出し、慌てて立ち上がって頭をぶつけた。すぐそばで掠れた笑い声がする。
「レオナルドか?」
「・・・ああ」
「みえねぇ、どこだ」
「ここだ」
「動けないのか」
「・・・みたいだ」
 ラファエロは目をこすり、わずかに見える青白い光を頼りに歩き出す。低くなった天井を手探りで声のする方へ進んでいく。水かさが増しているような気がする。
「レオ!」
 じれったくて名前を呼ぶと、とんとんと脛のあたりを叩かれて視線を落とす。薄青く光る両目がこちらをみつめていた。光を追うように身をかがめ、おそるおそるのばした指を、冷え切った掌に握りしめられる。
「ラフ、足が動かせないんだ。挟まれてるらしい・・・」
 そういって、ラファエロの手を岩の上に導く。そっと探ると岩に挟まれた足は完全に水没し、流れ込んでくる泥がレオナルドの半身を覆い尽くしていた。驚くほど冷たい水に両手を突っ込んで泥を掻き出す。やっと上体を起こしたレオナルドは、なんとか岩をどかし、体を持ち上げたが、左腕に感じた違和感に息をつめた。左肘にふれると、無理にはめた部位が異様なほどに腫れ上がっている。
「どうした」
「・・・いや、大丈夫だ」
 浅い息をはきながら言うと、ぐいと腰を捕まれて、背中から抱き込まれた。やけどしそうな熱を感じて、レオナルドは自分の体温の低さに気がつく。
「大丈夫じゃねぇだろ」
 首筋に息がかかって、レオナルドはどうしたらいいものか迷った。その間もラファエロの手が、検分するように体中を移動する。
「ちょ、ちょっとまっ・・・」
 くすぐったいのか、レオナルドが身をよじらせて笑っている。昔は逆だったな、とラファフエロは回想する。暴れて手のつけられないラファエロをレオナルドが取り押さえて、最後にはくすぐりあって二人で笑っていた。何かにつけては兄と競って修行して、結果、体格だけは追い越したが、中身はあのころのまま成長していない気がする。
「うっ・・・!」
 左腕に触れると突然レオナルドの体が震え出す。慎重にたどっていくと、冷えた体の中で異様に熱を持った部分がある。腫れているらしく、少し触れただけで大げさに体が跳ねた。観念したレオナルドが事の次第を話す。ラファエロは舌打ちとともに、こちらを見る彼の瞳をみつめかえした。レオナルドはなんとか平静を装おうとしたが、腫れは収まるどころか、ますます痛みだし、血の巡りに合わせて奥歯まで響くような鈍痛がこみあげた。持ったままの刀を見ると暗い中でも刃の色が鈍くつぶれてしまっているのが分かる。おそらくもう片方も同じだろう。
「ラフ・・・おまえのを貸してくれ」
 突然真剣な表情で振り向くレオナルドに、事態を察したラファエロが、
「・・・マジかよ」
 と嫌な顔をする。
「ふざけてると思うか」
 はっきりと告げる兄に、ラファエロは仕方なく腰からサイを引き抜いた。
安堵のため息をついてレオナルドは静かに目を閉じる。そのままぴくりともしないレオナルドに不安になって声をかけると、彼は息だけで笑ってこちらを見る。からかうような瞳を直視できず、ラファエロは笑う兄の喉元ばかり見ていた。
「おまえ・・・」
 すべらかな喉が上下して、レオナルドはうつむくラファエロに顔を寄せて耳打ちする。
「あのときも・・・俺が生きてるか確かめてたんだな」
 一瞬で顔に血が集まるのを感じてラファエロは初めて暗闇に感謝した。レオナルドの手が後ろにまわってラファエロの首筋を叩く。
「不安にさせて悪かった」
「知るかよ・・・勝手に死ね」
「ああ、そうだな」
 聞いているのかいないのか、満足そうに笑って体を預けてくる。まぶたがとろりと落ちては上がりを繰り返し、レオナルドは遠のく意識を押しとどめているようだった。
 思考を振り払うように冷たい体をさらに引き寄せて、サイを逆手に構えた。その尖った切っ先を、熱を孕んで腫れた肌にあて、一息に突き立てる。抱き込んでいた体がびくりと跳ねて、傷口からあふれたものが肘当てを伝い、どす黒く肌を染めていく。食い込んだ切っ先を横に滑らせると、ごぼりと音を立てて溜まっていた血が流れ落ちた。
「う、あ・・・っ」
 堅く閉じられたまぶたが細かく震えている。
「レオ、終わったぞ」
 レオナルドは話すのも億劫なのか、項垂れてラファエロに体を預けている。湿った肌をすりあわせて浅い呼吸を聞いていると、どうしようもない焦燥感にかられ、ラファエロはぐっと奥歯をかみしめてその体を掻き抱いた。遠く、自分たちを呼ぶ声が聞こえてきたのは、それから半刻ほど経ってからのこと。
  
 
 
 
 
 
 
 








 
 
 
 
 
 
 摩天楼の空の下、連なる屋上のふちに腰掛けて、二人の兄弟が街を見下ろしている。
街のあちこちでサイレンを鳴らしながら救急車が走る。上空にはマスコミのヘリが飛び交っている。明け方に起きた局地的な大型地震にNYは騒然となっていた。不思議なことに被害はセントラルパークのみで、公園の半分が陥没したものの人気のない場所だったため、けが人は出ずに済んだ。
 そこから数キロ離れたゴミ置き場近くのマンホールから、みすぼらしい身なりの人々が次々と這い出して、物珍しそうに辺りを見まわしている。路地の先に一台の救急車が止まり、中から救急隊員が数名駆け寄ってくる。
 隊員たちは彼らの姿に驚いた様子だったが、身なりを見てすぐに浮浪者の類だと気がついたのか、さっさと車に乗り込んで走り去ってしまった。取り残された人々は途方に暮れて立ち尽くしていた。だがしばらくすると静かに各々が目指す方へ歩き出し、巨大な街の渦中へと消えていく。
 二人は興味深そうにその様を眺めていた。
「・・・あー帰ったらぜーったいお説教だよ、おいらお腹減って死んじゃうかも・・・ドニー今すぐタイムマシンかなんか作ってよ。そしたら出かける前のおいらに”ちょっと待った!冷凍庫にある冷凍ピザを持っていけ!終わるころにはほどよく溶けてるよ!”って言ってくるからさ!」
「無茶いわないでよ・・・」
 ごろりと寝転んだミケランジェロが切なげな声で鳴く。その間、ぶらぶらと揺れる足を見て、ドナテロはぽつりと言った。
「ボード壊れちゃったけど、」
「あーそうそう!次のはバンブーデッキのぐわっと広いやつ買おっと。家のパイプも高くしなきゃねー!」
「作ろうか」
「えっ」
「僕が手伝うよ」
「えっえっほんとにー?」
 目を輝かせてミケランジェロがこちらをのぞき込んでくる。
「空飛ぶやつ?」
「それは無理」
 きっぱりと言うとミケランジェロはまるで分かっていないらしく、にかっと笑いながら、
「大丈夫だよ〜!」
 と大声をあげて立ち上がった。つられて腰をあげたドナテロの肩に手を回して飛ぶように歩きだす。
「今夜のピザは〜?」
「ペパロニポテト?」
「ダブルチーズ!」
「トッピングは?」
「ん・んー、選ばせてあげてもいいけど〜」
「じゃあサシ」
「サラミね!」
 すかさず割り込んでくるミケランジェロの後ろ頭を叩こうとしたが、見事に空振った。すでに隣のビルに飛び移っていた弟は、してやったりという笑みを浮かべている。
 ドナテロはすぐさま後を追おうとしたが、ふと何かに呼ばれた気がして朝焼けに染まる街を振り返った。路地にはもう人影はない。彼はぼんやりと、あの人間達が行く先は決して明るくないだろうと考えた。ずっと握りこんでいた手を開くと、中から小さな瓶が現れる。中身は薄青く発光する液体だ。見入っているドナテロを、前にいる弟が呼ぶ。彼は再びそれを握り込み、今は胸の内だけに留めておこうと決めた。
 
 
 
 
 
 
 








 
 それから数日経った朝早く。
「おい」
 背後から乱暴に声をかけられて、レオナルドは扉にかけていた手を止めて振り返った。ラファエロが眉間に皺を寄せて立っている。
「めずらしく早起きだな、槍でも降ってくるんじゃないか」
「見回りかよ?」
 予想外の問いかけに、レオナルドが目をまるくする。
「聞いたぜ」
「ドニーか・・・」
「外出禁止、だろ?いいのかよ」
 そうなのだ。あの日、もぐらのくにから帰ってきた彼らは、当然のことながらスプリンターに大目玉をくらい外出禁止を言い渡された。特にレオナルドは今回の単独行動を厳しく諭され、怪我が良くなるまでは自室を出ることすら制限されていた。
「ちゃんと先生の許可はもらってるさ。傷もだいぶ良くなったしそれに・・・」
「リーダー様は特別ってか?」
 口早に話すレオナルドに皮肉混じりに言ってやると、とたんに表情を無くしてしまう。いつもならここで言い返してくるところなのに、ただ疲れたようなため息を漏らすだけだ。
「お前には関係ない」
 覇気のない声。あのときと同じだ。振り返ることなく暗闇に消えた背中を思い出す。
 思わず、立ち去ろうとしていたレオナルドの腕を掴むと、体がびくりと跳ねた。傷にさわったらしく、こちらを睨み付けてくる。力任せに振りほどこうとするので、ラファエロは益々掴む手を強めた。
「ラファエロっ・・・!」
 痛みで潤んだ目が焦点を失って揺れる。ラファエロは自分の内側から立ちのぼるものの正体が掴めずに、唸った。彼を留めておきたい。けれどその理由が見つからない。適当ないいわけで逃れるのも、とっさのジョークでかわすのも簡単だが、どれも違う。
 圧倒的に何かが欠けているのだ。
「くそ・・・っ」
 ラファエロは掴んでいた手を離して、レオナルドに背を向けた。力の入りすぎた拳を腹に押しつけて宥める。
 彼はすぐにでも出て行くだろうと思っていたが、いっこうに動く気配はなく、しばらくしてから戸惑ったような声でラファエロを呼んだ。乱暴に応えると彼の手が甲羅に触れて、
「・・・一緒に来るか?」
 ラファエロは勢いよく振り返った。レオナルドはその勢いに驚いたのか、両手を挙げて後ずさる。
「でも見回りじゃないぞ。病院に様子を見に行くだけだ」
「・・・あのときのガキか」
「嫌なら・・・」
「オレは別に・・・いいぜ」
「そ、そうか」
 じゃあ先生に許可をもらってくる、と律儀にスプリンターの部屋に向かう後ろ姿を目で追いながら、ラファエロはふっと自嘲の笑みを浮かべた。答えはおそろしく簡単なのかもしれない。
 彼を留めておけないなら、自分が共に行けばいい。
 やがて降りてきた兄は青いマスクの裾を指ではじき、いつも通りの小憎らしい顔で告げる。
「ついて来い」
「命令すんな」
 ぶっきらぼうに返すと、隣りに立つ彼がひどく嬉しそうに目を細めるのが分かったが、ラファエロはふいと横を向いて気がつかないふりをした。
 我が家を後にした2人は暗い下水を歩いていく。やがてところどころ差し込んできた朝日に、彼らの影はゆっくりと溶けだして、あとを追う暗闇はただぼんやりと横たわるだけだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
END