ループ
 
 
 
 
 
 後追いしながら考えるのはいつも同じことだけ。朝起きてすべてが思い通りに収まっていたらと考えて目を覚ます。でも同じ、物事ってのは驚くほど何も変わらない。これが身体の調子ならいくらでも調節がきく、でもこいつは昔無くしたストラップみたいに、思いも寄らない場所からとつぜん現れたり消えたりする。ハンドルがついていたところで思い通りにはならない。勘弁してほしい。筋書き通りに頼むから、小説みたいにほんとうのところは別であったらいい。でもたいていは見たままが真実だ。そんなに複雑な、あっと驚くようなできごとなんて、そうそう起こらない。
「オレは馬鹿か」
 ひとりごちたところで状況は変わらない。あいつのやるショウギとやらにつきあって、思考するとは、ぐるぐるまわるとは、ひどく疲れるものだと思った。なんだってこんなことしているかって、そりゃあ好意のひとつもあれば自分くらい曲げられるはずだからだ。見知らぬ土地で違う運命を探す方が数倍楽なのに。
「眠いのか」
 俯くオレに鶴の一声。くそったれが。小一時間座布団に座ったままで尾が腐って落ちそうだ。
「だと思ったよ」
 笑いながらコマをかき回す音。「つきあってくれてありがとう」きちんと礼まで言って、こいつはオレにコマの役割を教えただけだ。あとは少し自分で動かしただけ。「すじが新鮮でなかなか良かったよ、最初はわざとやってるのかって、」
 そして思い出し笑い。
「なんだよ」
「またやろう」
「やらねーよ」
「まあ気が向いたら」
 キチキチとコマの重なり合う音。掬い上げた掌から木箱に落ちる大小の布石。あっという間に折りたたまれるテーブルの足。腕を組んで正座するオレは手伝いもしない。だってわからないからだ。好ましいたたみ方も。しまう箱の色も。
「つまんねえ遊びだぜ」
「だよな」
 笑うのは、
 それは固執してないってことだ。オレの怒りは固執からだとよく言われる。テーブルがあったらひっくり返すのがオレで、片付けるのはこいつだ。壊れたら新しいものを探しにいくのがオレで直すのがこいつ。固執するのがオレで、手放すのがおまえ。置いていくのはおまえで、置いていけないのがオレなんだ。
 座布団の使い方一つ、なにもかも違う。端から見れば同じ種族、同じ兄弟、同じ定め、同じようなマスクに同じ家。座布団をベッドサイドに投げて、のろのろとたちあがる。彼には小さかったんだ。足がしびれているのを隠して膝を立てて難しい顔をしている。肩をほぐす。緊張していたらしい。楽しんでもらえるように最善をつくしたが、しょせん小さなテーブルの端から端までの話。俺にはひとつの世界でも彼にとっては真っ平らな砂漠。走るのに困難な場所というくらい。
「あーあ」
 と声。立ち上がって部屋を見わたして、でもなかなか立ち去らない。いつもは俺の気配のする場所にすら近づかないのに、おかしな日だ。そんなふうにされると、堂々巡りのあの思いが目を覚ます。俺が作った道を横から突き崩していくのが彼のモットーらしいけれど、こればかりは用心深く築いてきたことだから、絶対に壊されたくない。みつけたってどうとも思わないだろうし気がつかないに決まっているけれど、俺はこの小さなテーブルに居る間、ルールを決めてそれを守ることが、俺たちを俺たちたらしめることなんだと信じてきた。たいていのことは見ればわかるもんだと彼は言うけれど、つまりそれしか信じないというだけのこと。もっと複雑な、結びつきのない感情が星のように散り散りにあることを彼は知らない。
「もっとわかりやすいやつないのかよ」
「ん? そうだな、」
 彼が部屋をうろつく。俺の棚をさらって俺のベッドに腰掛ける。部屋がせまくみえる。出て行けと念じても彼はのんき顔。これ以上、いったい何があるとおまえの勘が教えたんだ。頼むから、お願いだから、スタンドのタブロイド紙みたいに表面だけさらって判断してほしい。不安なベッドで横にはなれない。後に残されて考えるのはいつも、同じ事ばかり。