たとえ、25階建ての高層ビルでも、彼らが最初に乗るのはRだ。ビルに横付けしたバンから、もしくは地下駐車場からでも全員、普通に玄関ロビーを通れないことは分かっている。
 フットの奴を追って、ミッドタウンの新しいビルに降り立った。奴ら、マフィア連中と組んで子供向けのテレビゲームを発売するらしい。なんてことのないRPGで、滅亡した地球を蘇らせるために、主人公がタイムマシンを使って現在と過去を行き来するという内容だ。主人公はその時代によって代わる。男、女、老人、少年、少女、犬、猫、羊、その時代に思い入れの強い誰かが旅をする。
 ある日ミケランジェロが、小遣い稼ぎに発売前のゲームの24時間モニターをやっていた。そして気がついた。パッケージにも、オープニング映像にも、フットのマークがでかでかとのっている。隅々まで調べたが、ドナテロにもそれがなんなのか分からなかった。いたって普通のゲームだ。判断はレオナルドに任された。
「ゲームを壊してまわるわけ?」
「そういうのは奴らの役どころだからね」
「フットはフットだ。どうせ碌なことにならねぇ」
 どうする、と他の兄弟、うち一人は欠伸混じりに聞いた。
「まずは偵察だ。なにもなければそれでいい」
 ニンジャの得意技だろ、と口を歪めてレオナルドは言った。
 そして彼らはビルの屋上へ。25階建てのガラス張りのビルで20階より上は開発部、地階はレストランで、1階から上は幾つか別会社のテナントが入っている。エレベーターの横の各階表示を眺めて、ミケランジェロが15階を指さした。マジックゲームカンパニー。黄色い円に二本の西洋刀が輪をくぐって通りぬけたようなマークだ。
「それで、どうやって行くの」
「俺はゲームに詳しくない。先行はミケランジェロだ」
「まじで」
「いいじゃねぇか、やれよ」
「はーん、後悔しないでよね」
「ラファエロもついていけ」
「まじか」
「いいじゃん」
「うるせぇぞ」
「ドナテロはいつも通り上だ。俺は下から行く」
 チンと音がして、エレベーターが開いた。奥はガラス貼りでビルの中央はすべて吹き抜けになっている。壁は人工石、白く光る足元灯。エレベーターの定員は11人だ。ドナテロがいつもの小道具の入ったショルダーバックを抱え、一番最後に乗り込む。見上げると、Rの表示が黄色く点滅していた。レオナルドは壁に背をあずけてあたりを警戒する。ミケランジェロはガラスに額をくっつけて階下を眺め、ちょークールと階下に向かって手を振っている。ドナテロがエレベーターの配電盤を引っ張り出し、導線を何本か切って入れ替えた。エレベーターの明かりが落ちてミケランジェロが不満そうな声をあげ、かぶさるように我慢してとドナテロ。ラファエロは真ん中でしゃがんだきり、ぴくりとも動かない。
 右上に表示された防犯カメラの映像が切り替わって、誰もいないエレベーターの中を映し出す。やがて、エレベーターが動き出すと、階の表示がゆっくりと変わり始めた。ぐんと浮遊感が増して、耳鳴りがする。
 ちん。16階。薄暗いロビーに進み出たドナテロが、連絡して、と帯につけた無線機を指さす。全員が頷くと同時に扉が閉まる。すぐに15階。まだ明かりがついている。ミケランジェロが顔だけだしてあたりを伺い、こちらに向かってにやりと笑うとさっと廊下に出て走り出した。すぐさま扉がしまる。
「ラファエロ」
 レオナルドが呼びかける。ラファエロはしゃがみ込んだまま動こうとしない。エレベーターが動き出した。
「どうすりゃいいんだよ」
 ラファエロはため息混じりに呟いた。
「オレはどうすりゃ良かったんだ」
 レオナルドはエレベーターが14階を過ぎるのを黙って見送った。
「最初は・・・オレだって初めてだったんだ、しょうがねぇだろ、それは。だから次はいろいろ考えてしたんだ、なのにおまえ・・・おまえ全然乗り気だったじゃねぇか、あれはそう思うだろ普通は。・・・まあ他はどうかなんて知らねぇけどよ」
「・・・今話すのか、それを」
「おまえが無視しやがるからだろ」
 レオナルドはガラスに頭を預けた。
「無視なんかしてない」
 ラファエロは呆れたように頭を振って階数表示に目をやった。
「ただ、ああいうのはもういやなんだ」
「ああいうのって、最初のか、二回目か」
「どっちもだよ」
「・・・つまりそれは・・・、・・・、・・・なしってことか」
「ああ」
「今後も永遠に」
「・・・ああ」
「そうか」
 レオナルドは腕を組み直した。
「・・・でも、もしかしたら」
「いつかはなしだ。もう全部なしってことにする。いいな」
「・・・」
 答えずにいると、ラファエロが立ち上がって15階と14階のボタンを同時に押した。扉が開いて、玄関ロビーが見えた。上へまいりますと言ってエレベーターが今度は上昇をしはじめる。
 ちん。14階。真っ暗なフロアに人の気配はない。
「おい」
 扉が閉じる。レオナルドは自分の体を抱えるように両腕を回して俯いている。15階に来て、ラファエロは何も言わずに出て行った。どこにも指示のないエレベーターはその場に留まり続けた。無線機の電源が入って『もしもしどう?』とドナテロの声がする。『こっちは全然なんにもなかったよ』とミケランジェロが答える。『まあこういうこともあるよね』『つまんないの』『おい、とっとと引き上げるぞ』『レオ、聞いてる?そっちはどうだった?』
 レオナルドは預けていた体を起こして14階のボタンを押した。エレベーターが動いて14階へ来た。ちん。14階です。二重の扉が開く。白い蛍光灯のあかりが差し込む。ふっと顔を上げると、開きかかった扉の隙間に黒い筒状の銃口が差し入れられていた。扉が開くにつれてその数は増え、かちゃかちゃ、かちんと安全装置を外す音がした。黒い目出し帽を被った人間たちがまるで満員電車に乗り込むみたいに押し合いへし合いしながらエレベーターの扉に詰まっている。
「なんだこいつは」
「ほらだからやめとけって言ったんだよ」
「どうする」
「どうしようもないだろ」
「嫌だよ俺っ」
「俺だって嫌だよ!」
「しばりあげて口止めすればいいんだ」
「馬鹿野郎!見られた以上、生かしちゃおけないだろ!」
「でもこいつミュータントだよ」
「だからどうした!」
「こいつらにそんな脳みそあるわけないもの、可哀相だよ、やめようよ」
「何言ってるんだ、よく見ろ!こいつは武器を持ってる!」
「こっちは銃なんだ、そういじめてやることはないだろ」
「そうだよ、ゆるしてあげようよ」
「・・・分かったよ!やめりゃいいんだろ!おいお前!このことを誰かにしゃべってみろ!地獄の果てまで追い詰めて、お前もお前の親も恋人も兄弟も全員みな殺しにしてやるからな!」
 そう言って人間達はレオナルドをエレベーターの外に引っ張り出した。レオナルドは床に手をついて振り返ったが、扉は閉じた後だった。階数表示が動く。15階で止まる。レオナルドはエレベーターに走り寄ってボタンを叩いた。そのあとすぐに、ばん、と銃声。悲鳴。ばん、また銃声。エレベーターが動く。レオナルドはボタンを叩き続けていた。
 (最初は。最初は、気がついてすぐ、なし崩しといってもいい。自分もおそらく彼も、良く分からないまま、ただとてつもなく強い衝動に全身を打たれているような気がして、でも良くはなかった。だるくて、辛くて、なにもかも思い通りにならなくて、じゃああれはなんだったんだとお互いを責めてケンカになった。それでしばらくは距離をとって、そうしたら彼から、もう一度試してみようと来た。今度はもう無理はしない、辛いならやめる、建設的に自由にしようということになった。だから飽きるくらい触って触って触って、確かめて、匂いを追って辛いことも恥ずかしいことも全部さらけだしたら、頭の中がひっくり返るくらいの快感に満たされた。でも彼ときたら、なるほどうまくいったなと、一人満足そうなのだ。どうしたと聞くと、本に書いてあったとおりにしたらうまくいったと言う。ああそうか、じゃあさっきの気恥ずかしい告白や、声や、もったいぶった言い回しや、なしとげたときの笑えないジョークもみんなそうなのか。それより自分はそんな本に書いてあるようなことでまさかそれが世界の全てみたいに感じてしまったことをいったいどうしてくれるんだ。ああきっと書いてあるんだろうな、”それは正常な反応です。気にせず続けましょう。それではステップ2!”笑えない。おいおいなにを怒ってる?分かりたくもない。今朝は話しもしていない。別に無視をしていたわけじゃない。自分のやることなすことすべてが信じられなくなっただけだ。ケンカにならなかったのが不思議なくらいだよ。彼の甘い文句に答えず、なれなれしい手をたたき落としたりもしたのに。なんでだろう。そうだそういえば、今朝は、マイキーがゲームのモニターが終わってそのままソファを占領していて、冷蔵庫のまえで牛乳を飲もうとしてた彼と鉢合わせしてお前もどうだと聞かれた。ドニーはどこにいたか。早々に起きていたか、仕事をしていたか。とにかく自分は牛乳を飲まなかった。それで見回りに出て、戻ってくると彼はなんでか帰りを待っていて、どうだったんだと聞いてきた。別になにもなかったよ。なんで聞くんだ。そのあと修行をいやに真面目にやっていた。サイの柄を新調したばかりで、手を滑らせて落としては罰が悪そうにしていて。新しい技を考えたから、披露しようとしたんだ。でも失敗して、みんな笑ったけれど、彼はちょっと悪態をついたくらいで、マイキーのやじに怒る気配もなくて。なんでだ、そうか、機嫌が良かったんだ。なんでだろう。何かが変わったわけじゃない、宿敵を倒したわけでもない、下水の住み心地は相変わらずだし、この先もそれは続くのに。どうしてだろう。ああなんだってこんなに彼のことばかり。もうやめたい。考えるのをやめにしたい。なしはなしなんだ。今後も永遠に。ああ。あああ。どうして。最初は。)
 エレベーターは16階を通り過ぎ、Rで止まって、またゆっくりと下降をしはじめた。
 
 
 
 
 
 
 
 





 
フロアーENDー